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学長メッセージ:育むための権威─子どもの視点から

更新日:1月5日

誰でも、自分の子どもには才能のすべてを生かして、自立した、豊かな人間関係を持つ人になって欲しいと願うものでしょう。そのために私たちは、彼らを良い学校に入れ、きちんと勉強させようとします。子どもたちをスマートフォンやゲームから遠ざけ、正しい学校に置き、良い成績や試験の点数を取らせてさえいれば、全てがうまくいくと信じて…。このような考え方は珍しくありませんが、間違いです。私たちは、ともすれば成績や学歴といった、目に見える結果を求めがちです。しかし、私たちは、自分が保護者としての権威を子どもに対してどのように用いているかにより心を配るべきなのです。


子どもというものは物理的、経済的、また法的に私たち保護者に完全に依存しています。それ故、弱者の立場にある彼らを私たちがどう扱うかが、彼らの世界観を形作ります。私たちが親としての権威をどのように用いるかに比べれば、学校やカリキュラム選択、しつけの内容といったことは些細な問題です。私たちは子どもたちの責任感を育てようといろいろな手段を講じますが、子育ての鍵は子どもではなく、私たちの行動の内にあるのです。


子育てについて─聖書の教え

子育てにおいて、最も重要なことは子どもたちを愛することです。愛がなければ、親子関係の全ては崩壊します。しかし、子育ての第二の原則はこうです。


「父たちよ。子どもを怒らせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。」(コロサイ 3:21)
「父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。(エペソ 6:4)

これらは新約聖書の中で、子育てについて触れている唯二つの箇所です。つまり、親としての権威の用い方の正しさは、私たちの言動が、子どもの目から見た公正さ、道理、正義に合致しているかによるものなのです。


権威を行使する正しい根拠に欠けるとき、私を含め、親や教師というものは、子どもたちを他の子たちと比べてしまうことがあります。また、自分の外聞のために多くのルールを作ったり、自分の夢を子どもに叶えさせようとしてしまうこともあります。親として、私たちは子どもへの影響力を保持したがります。これらは、状況によっては正当化しうる行動ではあるかもしれません。しかし、私たちが子どもの視点からものごとを見ることを怠るとき、それは怒りやいらだちを引き起こすのです。


四児の父として、また教師として 35 年働いてきた人間として、私自身多くの成功と失敗を繰り返してきました。半年前、私は担任していたホームルーム生との間にある問題を抱えていました。彼らは不適切な行動を取っており、私はと言えば、彼らに対して頑固に振る舞っていました。当時、私は自分の行動のすべてを正当化できると思っていました。しかし、


「父たちよ。子どもを怒らせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。」

という御言葉が、行動の正当性に関わらず、私が聖書の、子育てについての、ともすれば最も重要な教えに背いていたことに気づかせてくれたのです。私は生徒たちを落ち込ませ、苛立たせてしまっていました。私は問題に対して間違ったアプローチをしていたことを認め、謝らなければなりませんでした。


信頼に基づいた親子関係

昔、私の兄には好きな女の子がいました。父は、兄が彼女と恋愛関係を持つことに猛烈に反対し、それに反抗した兄は、父に無断で彼女とのサイクリングに出かけました。兄の行動の結果として生じた父と兄との間の亀裂は、今日に至るまで修復されていません。今、私自身も子を持つ親となり、当時の様々な事情を知るに至っては、父が兄と彼女の交際に反対せざるを得なかった理由が理解できます。しかし、当時の父の言動は、十代の多感な若者であった兄から見るとあまりに一方的に感じられたことでしょう。兄は父に対して怒りと落胆を抱えていたのです。このような間違った権威の振るわれ方によって、あまりにも多くの学校や家庭内で、人間関係が崩壊していっています。


子どもたちは、私たちが親としての権力を彼らを守るために、ルールを決め、罰則を与えるにしても、公正に用いることを知っている必要があります。私たちの言葉ではなく、行動によって、私たちが常に心から彼らのことを思っていると教えなければならないのです。子どもがしつけを好きになるようにすることは難しいでしょうが、しつけをしなければならない理由を理解し、受け入れることができるように助けることは可能です。


しつけは親子間の交渉の道具ではありません。また、親の機嫌や、罪悪感、はたまたえこひいきといったものを理由に行われるべきものでもありません。親に与えられている権威は、親ではなく、子どものためにあるのです。子どもが、自分の親は心から自分のことを考えてくれていると信じているのなら、彼が疑念や不信を親に対して抱くことはありません。このような信頼関係が、家庭における敵対的な状況の発生を回避し、親と子どもをつなぎとめるのです。


学校教育の現場で

子どもが親を尊敬し、その権威に信頼することの恩恵は家庭内だけに留まりません。親子の信頼関係が、子どもたちが学校で先生と付き合っていくための基盤となるのです。私が学長として入学希望者を面接するとき、その子が親御さんと良い関係を持っているかどうかはすぐに分かります。彼らは総じて教えやすく、結果として能力以上の成績を収めます。逆に、権威というものに対して明らかな不信感を抱えている子たちは、本来の能力を発揮できるようになるまでに時間を要します。教師という権威から自身を守り、場合によっては反抗するためにエネルギーを使っているからです。


子どもが権威者を信用できないとき、彼らは社会的にも大変不利な状況に置かれます。力を持つ人間への疑念は、その対象を友人やクラスメイトにまで拡大させます。彼らはグループに貢献することよりも自分を守ることを優先し、自衛手段としてグループをコントロールしようとするか、何事についても後ろ向きになり、身を引くようになります。


特に中学以降、生徒たちに対してどのように権威が用いられたかということが、彼らの発達に大きな影響を与えます。学校を 20 年間経営する中で私が学んだことは、生徒のことを心から気にかけている先生の生徒は良い成績を取る傾向にあるということです。生徒たちがその先生を信頼し、自分から勉強に打ち込むからです。逆に、全く同じ教科を全く同じ生徒に教えていながら、生徒たちから自分たちのことを気にかけていると思われていない場合、その先生はネガティブなコメントや批判に晒され、最低限の成績を引き出すことにも苦労することになります。


へりくだった権威者

保護者、もしくは教師として間違った権威の振るい方をしてしまったとき、私たちにできることはただ間違いを認め、謝罪することです。以前、ある先生が生徒を叱りつけているのを目撃しました。私はそれが気にかかり、後でその生徒を見かけたときに、なにがあったのかを聞きました。彼は、「大丈夫です。私が馬鹿なことをしたせいで先生にすごく怒られたのですが、あとで謝ってくれました」と言いました。私はその先生を抱きしめたくなる思いでした。彼は感情的になって生徒に怒りをぶつけてしまいました。普通ならば、生徒は恐れと反抗心を抱いたでしょうが、この先生が謙虚に 謝意を伝えたので、逆に関係が深まることとなったのです。このように、謝るということもコミュニケーションの一つの形なのです。


以前退学になりかけた生徒はいつもあるクラスで騒いでおり、先生から居残りなどのペナルティを与えられていました。しかし私のクラスでは、彼はいつも行儀よくしていました。私はそのクラスの先生に、生徒と話し合い、彼の話を聞くようにと勧めました。後にその生徒と先生と私が三人でミーティングを持ち、お互いの思いを打ち明け合うと、問題は解決しました。生徒が授業の邪魔をすることも、居残りをさせられることも、もうありません。彼は先生がその権威を、彼をいじめるためではなく、彼を守り、助けるために使っているのだということを信じられるようになったのです。


意義あるコミュニケーションを

子どもたちを落ち込ませたり、苛立たせること無く、権威ある立場から彼らに接するのは難しいことです。子どもたちが私たちに不便を強いたり、多くの時間や労力を浪 費させるとき、私達はしばしば、彼らをしつけ、なにをして、なにをしてはならないかを教えることが自分たちの仕事なのだと考えます。確かに、保護者、権威者の視点からものごとを説明することは非常に大切です。しかし、もし私たちが子どもに対して同じことを繰り返し説明しているのなら、そのコミュニケーションには問題があります。同じことを繰り返し説明することはコミュニケーションではありません。子どもは賢いですから、私たちが一度目になにを言ったかは覚えています。


多くの若者が、親や教師は自分のことを理解してくれていないと感じています。親が彼らに話しかけるとき、彼らはそれを表面的には真面目に聞いていますが、頭の中では全く違うことを考えながら、早く話が終わらないかと待っています。これは効果的なコミュニケーションではありません。会話しながら、親は子どもの視点についてなにも学んでいません。私たちは、もっと子どもの話に耳を傾けるべきなのです。


たとえ子どもが理解できないことであっても、同じ説明を繰り返すべきではありません。大抵の場合、子どもに何かを教えるのは3分で済みます。5分以上、子どもがその会話に加わること無く私たちが喋り続けているのなら、それは会話とは呼べません。それは説教であり、私たちはおそらく黙るべきでしょう。また、私たちが怒りにまかせて叱りつけているのなら、それは間違った権威の使い方です。


権威の間違った用い方

権威の濫用や不在が子どもに大きなダメージを与えることが、多くの研究によって明らかにされています。米国政府による調査では、権威の不適切な利用と、薬物・アルコール中毒との間に明確な関係性が認められました。権威の用いられ方によっては、子どもの情緒的健康が蝕まれ、ひきこもりのようなケースが引き起こされることもあります。


どうやら、子どもは善悪の判断について非常に優れた能力を持っているようです。親が嘘をついたり、間違いを正当化したり、子どもの考えを操ろうとしたりする現場を、子どもが目撃してしまうことは珍しくありません。また、親によっては自分の犯した間違いは、子どものためにしたことだったのだと見せかけるために、子どもの考えを操ろうとします。


権威者によるこのような操作的行動は信用を破壊し、子どもに精神的トラウマを与えます(Hosier)。加虐的な親はその権力を使って子どもを操ろうとしますが、子どもは親の言動と自分の倫理観の間の齟齬に混乱します。結果として、彼らは心の中で怒りを抱えるか、親の行動を正当化しようとしてうつ病や他の情緒的問題のリスクを負うことになるのです。権威者が信用の対象として機能しておらず、誠実さよりも利己主義を優先するならば、子どもは心に大きな傷を負うことになります。


子どもに礼儀正しくさせることは簡単です。強権的な親は恐怖や脅し、体罰を駆使して、最も反抗的な子どもをも従わせることができます。私たちの子どもが従順で、礼儀正しかったとしても、私たちが権威を正しく用いたという証拠にはなりません。虐待を受けた子どもが従順で礼儀正しいことは珍しくありませんが、その実、彼らは精神的なケアを必要としているのです。凶悪犯罪についてのニュースで、犯人の知り合いが口を揃えて、彼は穏やかな良い人だったと証言する姿をよく目にしますが、犯人の心と頭はその実、どんな状態に置かれていたのでしょうか。


子どもが正しい考えを持っているのであれば、最終的には行動が伴います。しかし権威の悪用は、表面的な服従しか生み出しません。


おわりに

以前、四人の子どもを立派に育てられた親御さんと話したことがあります。私が彼女を賞賛すると、彼女は泣きながら、彼女と彼女の旦那さんも数多くの失敗を重ねて来たと告白されました。


子育ては難しいものです。誰でも間違いを犯します。一人ひとりの子どもは異なり、それぞれが置かれた状況も異なります。ある子に有効な子育ての方法が、別の子には適さないということがよくあります。そして、私たちが自分の親から受けた傷を負うように、子どもたちもまた、私たちの弱さの傷を負うのです。


私は、神様が子どもをお与えになる理由の一つは、私たちを育て、自分自身の身勝手さから抜け出させるためなのだと思います。大人であるとは言っても、親も教師も、皆、学びと成長のプロセスの中にあるのです。それ故に神様は、子どもをある意味で力強いものとして造られました。私も数多くの躓きを経験し、これからもするでしょう。しかし神様の恵みの故に、立ち上がり、また歩き出すことができるのです。


どのような人が私の四男にとっての先生になるのかは、私にとって非常に重要な問題でした。過去、色々な学校からお仕事のお誘いを受けたこともありましたが、息子の先生が誰になるか分からなかったこともあり、辞退しました。今、私は息子の先生たちを個人的に知っていますし、信頼しています。息子の先生たちが、生徒たちのことを心から気にかけていると知っています。彼らは生徒の味方です。息子には、そのことについて確信を持ちながら、成長していってほしいと願っています。そして息子に自分を守るためではなく、先生やクラスメイトと協力するためにエネルギーを使ってほしいと思っています。


子育てには常に怒りや落胆、困難が伴います。しかし私たちが子どもたちに耳を傾 ける時間を持ち、また彼らの視点を理解することを通して、心から通じ合えたとき、その報いは大きいのです。この世の多くのことが私たちの力を超えたところにあります。しかし、私たちは親や教師としての権威を、子どもたちの成長を助けるため用いていくことができるのです。

「父たちよ。子どもを怒らせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。」

 

執筆者プロフィール

ピーター・ブロックソム

京都インターナショナルユニバーシティー及びKIUアカデミー創立者・学長。1963年に京都の宣教師家庭に生まれ、子ども時代を日本で過ごす。米国大学を19歳で卒業後、京都大学大学院で学ぶ。通算40年以上を日本で過ごす中で、日本人の妻と共に息子4人を養育。フィリップス大学日本校の後身として、1996年、京都インターナショナルユニバーシティーを設立。1999年にはKIUアカデミー(小中高等部)を設立。自らのアイデンティティに根ざした考えを持つ国際人の育成に取り組む。

 

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